
※『』内はアルバム名と映画タイトル、「」内はシングル名
| 1958 | 8月16日米国ミシガン州に生まれる。 |
|---|---|
| 1969 | バレエのレッスンを受け始める。 |
| 1975 | ダンスの奨学金を得てミシガン州立大学舞踏課程に入学。 |
| 1977 | ショウビジネスでの成功を夢見てニューヨークに渡る。所持金は35ドルだった。モデルやウェイトレスの仕事で生計を立てながら、ダンスのレッスンを受ける。 |
| 1979 | ダンサーとして「パトリック・エルナンデス・レビュー」のワールドツアーに参加。 |
| 1980 | バンドEmmyを結成。NYのクラブシーンで注目され始める。 |
| 1982 | ワーナー・ブラザーズの傘下のサイアー・レコードと契約。「エヴリバディ」で歌手デビュー。全米ダンスチャートで3位を飾る。 |
| 1983 | 1stアルバム『バーニング・アップ』をリリース。シングルカットされた「ホリデイ」が全米ダンスチャート1位を獲得。 |
| 1984 | 『ライク・ア・ヴァージン』が初の全米No.1を獲得。マリリン・モンローを意識した「マテリアル・ガール」のPVが話題に。 |
| 1985 | 『ビジョン・クエスト/青春の賭け』の劇中歌「クレイジー・フォー・ユー」が全米No.1を獲得。『上海サプライズ』で共演したショーン・ペンと結婚。 |
| 1986 | 『トゥルー・ブルー』リリース。10代の妊娠を歌った「パパ・ドント・プリーチ」が波紋を呼ぶ。 |
| 1987 | 『フーズ・ザット・ガール』のサントラをリリース。初のワールドツアーで来日。 |
| 1989 | 『ライク・ア・プレイヤー』リリース。同名のシングルのPVが神を冒涜しているとして物議をかもす。 |
| 1990 | 『ディック・トレイシー』のサントラ『アイム・ブレスレス』をリリース。「ヴォーグ」のPVで見せた“ヴォーギング・ダンス”がブームに。 |
| 1992 | 自身のレーベル“マヴェリック”を設立。ジャケットに「成人向き」との注意書きがついた、性を探求した『エロティカ』をヌード写真集“SEX”と同時にリリース。世界中に衝撃を与える。 |
| 1994 | 『ベッド・タイム・ストーリーズ』リリース。 |
| 1996 | アルゼンチンで『エビータ』を撮影。聖女エビータをマドンナが演じることに反対する地元の人々からのバッシングに遭うが、役に対する熱意を見せて無事に撮影を終える。映画の完成後、長女ルルド・マリアを出産。 |
| 1998 | 『レイ・オブ・ライト』リリース。それまでの楽曲とはまったく違うジャンルのエレクトロニカに挑み、グラミー賞4部門を制覇。 |
| 2000 | 『ミュージック』リリース。ガイ・リッチーとの間に長男ロッコを出産後、結婚。 |
| 2003 | 『アメリカン・ライフ』リリース。イラク戦争に対する反戦メッセージがこめられた同名シングルのPVに放送規制がかかる。絵本『イングリッシュ・ローズィズ』(日本語訳:江國香織)を発表。以降、2007年までに計7冊の絵本を出版。 |
| 2005 | すべてダンス曲で占められた『コンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロア』をリリース。28カ国でNo.1を記録し、全世界で1000万枚以上を売り上げる。またシングル「ハング・アップ」も自身最高のヒットを記録。 |
| 2006 | マラウィの孤児を支援する活動を始め、10月にデイヴィッドを養子に迎える。「コンフェッションズ・ツアー」で十字架に磔となるパフォーマンスを行い宗教団体から抗議を受ける。 |
| 2007 | ライヴ・アースでゴーゴル・ボルデロのユージン・ハッツと共演。 |
| 2008 | 『ハード・キャンディー』リリース。 |

【出演作(表記は日本公開年)】
| 1985 | ビジョン・クエスト/青春の賭け(ハロルド・ベッカー監督) |
|---|---|
| 1986 | マドンナのスーザンを探して(スーザン・シーデルマン監督) 上海サプライズ(ジム・ゴダード監督) |
| 1987 | フーズ・ザット・ガール(ジェームズ・フォーリー監督) |
| 1988 | ワンナイト・オブ・ブロードウェイ(日本未公開) (ハワード・ブルックナー監督) |
| 1990 | ディック・トレイシー(ウォーレン・ベイティ監督) |
| 1991 | イン・ベッド・ウィズ・マドンナ(アレック・ケシシアン監督) |
| 1992 | ウディ・アレンの影と霧(ウディ・アレン監督) プリティ・リーグ(ペニー・マーシャル監督) |
| 1993 | BODY/ボディ(ウーリー・エデル監督) |
| 1994 | スネーク・アイズ(アベル・フェラーラ監督) |
| 1995 | フォー・ルームス ( アリソン・アンダース、アレクサンダー・ロックウェル、ロバート・ロドリゲス、クエンティン・タランティーノ監督) |
| 1996 | ブルー・イン・ザ・フェイス (ポール・オースター、ウェイン・ワン監督) ガール6(スパイク・リー監督) |
| 1997 | エビータ(アラン・パーカー監督) |
| 2000 | 2番目に幸せなこと(ジョン・シュレシンジャー監督) |
| 2003 | スウェプト・アウェイ(ガイ・リッチー監督) 007/ダイ・アナザー・デイ(リー・タマホリ監督) |
| 2007 | アーサーとミニモイの不思議な国(リュック・ベッソン監督) |
【脚本・プロデュース作】
2008 “I AM BECAUSE WE ARE” (ネイサン・リスマン監督)
マラウィのエイズ孤児たちを追ったドキュメンタリー。2008年4月のトライベッカ映画祭でのプレミアを経て、カンヌで上映された。その後、マイケル・ムーアが設立したトラバース・シティ映画祭でも上映され、ムーアが大絶賛したことでも話題に。タイムズ紙が4つ星をつけるなど、メディアでの評判も高い。監督は、マドンナ家の乳母の夫で、庭師をはじめ身の回りの手伝いをしていた人物。仕事に対する熱意と映像センスを買われて監督に抜擢された。